日記

戦争と日常

8月6日と9日を実家で迎えると、広島と長崎に落とされた原爆に想いを寄せる比率が高まる。それだけ体と心に余裕があるということか。黙祷を捧げたり、真摯な声に耳を傾けたりすることができるのも、まずは受け止める余白があってからなのだと実感する。

その間に、読書感想文で一悶着。娘が選んだ課題図書のあらすじのなんと書きにくいこと。あらすじをまとめて終わりになってしまう子が多いことを考えると、あらすじを書きやすい、時系列がしっかりしたものや、登場人物がややこしくないものを選んで欲しい。母と私、それぞれの読書感想文にまつわる思い出も挙げながら、ひとしきりわーわー言い合う。

当の娘は、最初に書き上げたものはあらすじに終始してしまっていたが、「感想じゃないよね」と、多少のアドバイスをすると、全部書き直して彼女の感性があらわれた作文を完成させていた。「民は、どんなにアドバイスしても『これでいい!』って言ってきかなかったら進歩してるわ」と母。今の私からしても、こうやって苦しみながらも書き切るのはすごいなあと思う。

細かく見ればもっとよくできるところは無限にあるけど、何も言わない。娘は自分ができたものを気に入って、夕食後には、読書感想文の朗読と『光るとき』の歌唱の二部構成を披露してくれた。我が家の女三代はここ数日、戦争に怒ったり、泣いたり、意見を言い合ったりして過ごしている。「戦争を始められるのに、どうして終わらせ方を知らないの」という作文の一節は本当にその通りだなあと、あらためて胸が痛む。

実家滞在初日

 実家は雑木林の中に立っていて、最近周囲の林を手入れしてもらっていた。ということで、ずいぶん周りがすっきり。ちょうどこの日は、大きくて周囲に電線もあるから1人では切れない木を、3人がかりで切りに来てくれる日だった。これが、普段見られない様子で、かっこいい〜!と窓から凝視。

まずは周囲の木にロープを渡して、切る予定の木の大きな枝とつないでおく。まず、これがすごい。目当ての場所にしゅっと錘のついたワイヤーを投げると、すごく高い場所なのに一発でかかった。そこにロープをつないで……とやっていたのだけれど、この時点ではなんのための作業なのか私からはいまいちわからなかった。

ひとしきり下準備が終わると、一人が切る予定の木に登っていって、まずは小枝を落とす。次に他の木からロープを渡してある大きな枝をチェーンソーで切ると、吊り下げられながら枝が下に落ちていく。その作業を何本か分した後は、太い幹の上から1mくらいをまずは切り、落とす、また1m切り落とすという作業を何回かやって、最後は切り株になった。このとき地上では、切られる幹に巻きつけたロープで落ちる場所をコントロールする人もいる。3人が持ち場で連携して、大きな木が1本、周りにぶつかることなく、きれいに切られた。

プロフェッショナルな技に見惚れると共に、木を切るって大変なことだなと改めて実感。屋敷林がどんどん切られ、多くの森が荒れ放題な日本の問題はさもありなんとも思えた。だって、大事で本質的な仕事ほど、手間も、お金も、かかるもの。都会の木を切る切らないで揉めている様子もよくみるけれど、ちょっと違和感がある。本当に大事なことは、暮らしの周りにある木々の手入れを続けられるか、人が木や林や森と関わり続けられるかどうか、ということだと思う。

初めての「つばさ」で山形市へ寄り道の帰省

 1ヶ月以上夏休みのある小学生と、選択によっては夏休みゼロの保育園生のいる我が家。親はどんな選択をするのか? は、なかなかセンスを問われるところ。子どもたちには夏休みっぽい日々を過ごしてほしい、私はちゃんと仕事しなくちゃいけないけど夏休みもほしいの〜の気持ちの、絶妙なバランスを取りにいっちゃうのが、一家のPMの性。

かくして、昨日からは2週間の実家滞在のために新幹線移動。いい席を取るために、1ヶ月前の発売日にしっかり切符は予約しておいた。まず向かった先は山形駅。実家からは車で2時間の距離だけれど、母にお迎えをお願いして、カメラマン志鎌康平さんのアトリエ「月日坊」へ。ちょうどこの日、鎌倉のdoyoubi muffinさんが出張販売するということで、どちらにも会いたい私としてはグッドタイミングだったのだ。

東京駅から初めてつばさに乗ったけれど、新幹線の乗り心地も、車窓の景色もまるで違って楽しい。山形駅からアトリエまで10分ちょっと。ほどよく静かな緑もたくさん見える住宅地で、素敵な場所だ。アトリエの中は隅々まで素敵な造作で、気持ちのいい空間だった。

doyoubiのマフィンやケーキを買って、しばしお茶とおしゃべり。2時間かかるといえでも、お隣の県だというだけで、またすぐ来られる感じがしてしまうので、立つ鳥跡を濁さずおいとま。帰りは私の運転で、山道の県境を越えて、実家へ。母がささっとカレーをつくってくれて夕食。オリンピックを少し見ていたら、すぐに眠くなって布団へ。

今日起きて、マフィンをリベイクして朝ごはん。長女に聞いたら、次女がなかなか寝なくて昨日は苦労したらしい。母は何も知らず、すやすや眠っていたよ。さんざん姉を困らせて、最後に「ねえね、好き」と言って眠りに落ちたらしい。その言葉で報われた気がしちゃうくらいには、大人な姉。寝坊してきて一番にその話をしていた。さあ、実家夏休み。楽しめるか、働けるか。いろいろせめぎ合うけど、がんばるぞー

東京へ行く日のバタバタ

東京に仕事に行くことが、2週間に1度くらいはある。だいたい2択で、8時5分か9時1分発の特急に乗るのだけれど、いつもちょっと緊張する。保育園に預けてから行くので、支度の時間など逆算して挑むのだけれど、だいたい見事にギリギリ。息を切らして電車に乗り込むということもざらだけれど、不思議と遅れないから行動をなかなか正せない。

同じ保育園に、同じように東京にちょくちょく行く仕事をしている人がいる。先日、私より遅れて保育園にやってきて、なんとなくバタバタしている様子だったので、「もしかして東京に行く?」と聞いたら当たり。私がのんびりしている間に、ちゃんと先に支度を終えて「お先に!」と行ってしまった。

そこから私も急いだ。駐車場では彼女の車が出てくるのを見送りながら乗車して、最初の信号で追いついて、分かれ道で彼女は別の道へ行って、そうしたら私の方が駅の近くでは前に出て、駐車場は別のところを利用していて、駅に着いたのは彼女が早かった。この最後の遅れは、私が事前精算の駐車場を使ったことと、えきねっとの予約をしていなかったことによるものだと推察される。

とにもかくにも、2人ともちゃんと間に合って「よかったね」と言い合う気持ちは、同志! 慌てるのはよくないけれど、これからあと4年半、こういう風に保育園to仕事の道のりを共にできる相手がいるのがとても嬉しい。

早くも滞りがち

まずい、まずい。毎日がめまぐるしくて、そんなときに限ってだらっとしちゃったりして、日記がなかなか書けていない。私が尊敬する物書きのひとりが、「日記はセラピーよ」と言っていて、駄文でも書き続ければその意味を少しでも体感できるかも、と思っているのに。

梅は干せないまま実家に帰ることになりそうだけれど、プラムのジャムはなんとか煮た。日記は書けていないけれど、なんとか仕事はがんばっている。今週は素晴らしいインタビュイーにも立て続けに会えたので、血肉にしたいのだけれど、私の余白や吸収力がちゃんとないと、それも難しいよねということも考える。気づけば、弱音やグチをすぐ吐きたくなっちゃう。せめて、それを前向きな思考や言葉に一つひとつ、全部は無理でも変換していく練習をしているところ。

日記に一番書きたいのは、6年ぶりに行った大地の芸術祭のことなんだけれど、それはちょっとおあずけ。1枚だけ写真をあげておく。今回の長女の目標は「妹と楽しむ」だったらしい。暑苦しいくらいに世話を焼き、なるべく疲れないように車で寝かしつけ、移動はおんぶで、「楽しい?」としつこく確認しながら。かわいいのう。