義実家が染みる
どうやったら毎日日記を書けるのだろうとうすぼんやり考え続けている。こんな私が続く方法を編みだせたら、「30年書けなかった日記が、毎日するする習慣化する本決定版」的な本を出して爆売れするかも。また1ヶ月前に書いた自分の日記を読んで、わりとおもしろくて安心した。今日日記を書けた理由は、土曜日なことと義理の実家で起きたからだろう。昨日は、17時から始まる大事なミーティングに間に合うように、子たちを早めに迎えてこっちに来たのだ。緊張するオンライン会議を終えたら、クリスマス会みたいな夕食でビールもあって、最高だった。夜は、Mと散歩してスーパーへ。ずっと買えていなかった防寒着もユニクロで買ってあげられて、都会の良さを満喫。たっぷり寝て朝起きて原稿を書いている。久しぶりに原稿を書くので、「私は書けるのか?」ということが不安でなかなか手をつけられなかった。何事も間があくとめんどくさい、こわい、みたいな気持ちがわいてくるけど、それって本当に余計なものでしかない。書いてみたら普通に書ける。そしてあらゆる原稿は、私は見積もった時間より早く書ける。見積もりが弱気すぎるのだ。自分は書けない、悩む、時間がかかる。書くことに関しては、かなり弱気。ほかのこと、人生全般に関しては見積もりが甘いことのほうが圧倒的に多い。とすると、どうしても弱気に考えてしまう慎重さを持ち合わせているからライターの仕事はなりなっているのかも。今年は急に目の前に大事な仕事がたくさん出現して、「私、書くことはそれほどでも。時間もないし、あまりやりません」みたいな態度だったが、やっぱり、書くことも大事だな。店長、「発酵デザイン」のtoBや広報あれこれ、プランナー、編集とライティング、全部をがんばりたい2026年。仕組み、も自分のなかで組み立てないとねぇ。今日はこれから100歳のおばあちゃんに会いに行ってきます。
親友の日記を読む
日々、これ書き留めておきたいなあと思うし、「たみさんの日記、実は楽しみにしているんです」というほんの少しの人の顔が浮かぶ。なのだけれど、しなくてはならない仕事が山積みの状態で、なかなか手がつかない。ということで、5分だけは書くみたいなルールを設けてみたらどうだ?と急に気づいてやってみる(たぶんこれも続かない)。今日それをやっているのは、朝いちに遠くに住む友人の日記を読んだから。なんともエッセイ的な文章が上手な人なので、朝からいいものを読んだ気持ちになる。そして軽く嫉妬。私の人生にも、素晴らしいことも、笑い飛ばしたい本当にバカな失敗も、言えないけれど知って欲しいような気がすることも、たくさん起こっているのだけれど。ささやかなこと、ということでない一番今残しておきたいトピックは、小学校の「ふるさと学習発表会」が素晴らしかったということ。運動会もそうだが、校長・教頭をはじめ先生が少し入れ替わったことが大きいのか……と思うと、ちょっと恐ろしくもある。それくらい、段違いに運動も調べ物も「発表」のクオリティが全校生徒で爆上がりしているのだ。小4と小5の発表は、地元のいろいろを「クイズミリオネア」形式で発表していくもの。リアルタイムでライフラインの「テレフォン」を使ったり、「オーディエンス」ではパソコンを持った児童が数人飛び出してきて、会場にいる全員からグーグルのアンケートを押してもらう。そうすれば、ちゃんとすぐに円グラフが映し出される!なるほど。文明の力と、人を楽しませたい気持ちと、ちゃんとした調べ物と、ああ本当にいいものを見たなあと感動してしまった。さてさて、3歳も10歳も日々成長している。41歳の私はどうだ?成長を止めちゃいかんが、もう勝手には成長しない。努力、だよなあ。
10歳と3歳、サメに齧られる(病院ごっこ)
タイトルを見よ!
数週間前にここだけ書いて保存していた日記を見つけて、おもしろそうじゃないかと開いたら何も書いてなかった。内容知りたかった〜何も覚えていない〜と悔しい。ダメもとで3歳に聞いてみたら、その遊びは覚えているが、「今日はやらないよ。覚えていない」とのこと。こうやって、おもしろいと感じたこともどんどん忘却の方へ消えていく。私は育児日記的なものを一切書いたことがなく、たまに立ち止まると惜しいことをしている気持ちになる。だけど、余裕がなかったのだ。日記もそう。本当に、毎日書いている人はみんなすごいと思う。そんなことを改めて思ったのは、この三連休に家の整理をしていて、Mが気まぐれに書いた「mの観察日記1歳1ヶ月」を見つけたから。でも、それも1日で終わっていた。三日坊主なところが、すごく私に似ていて心配になる。でも、忍耐がないから悩み続けられなくて、楽観的に生きていける。それも天性のものかな。
3日坊主にもなれない
「私、民さんの日記楽しみにしてるんですよ」とこの間会ったチャーミングな知人に言われた。数ヶ月に1回くらいのペースだけれど、そうやって言ってくれる人がいて、私はその度に天にも昇る思いがする……のに、全然書けなーい!生きるのに必死!薄目を開けて少し前の日記を見たけれど、「あれやってみたい」「これ始めてみた」と書いてあることことごとく、3日も続いてない、とほほ。
今日はすごく久しぶりに、子の送迎も連れ合いがやってくれて1日家でデスクワーク。この3月までわりと当たり前だった日常がこんなにゆとりがある感じだったなんて。昼寝ができるし、お昼ごはんはゆっくり食べられるし、小学生に「おかえり」って言えるし、すごいことだ。ありがちだけど、当たり前じゃなくなって気づく幸せってあるんだなあ。さあ仕事に戻らなくちゃ、次の日記は3ヶ月開きませんように。
41歳になった
私の誕生日は、パリ祭という由緒正しき記念日のほかに、「ゼリーの日」なことを知った今年。40歳になる記念につくったWebサイトをこの機に更新しないのはダメだろうと思い腰を上げて今これを書いている。発酵デパートメント山梨の店長も、プランナーの仕事も、そのほか頼んでもらえるいろいろなことも、そして何より生きることも、今、全力で楽しい。怠惰な私は、「1日が48時間だったらいいのに」とか「体が3つあればいいのに」とか「眠らない体がほしい」なんて思うことはないと思っていたのに、そんなことを思ってしまうほどに。でも、疲れたらすぐ眠ってしまうし早起きもできない。忙しくてもごはんを抜くなんてできない、という健康に生きるためにセットアップされた体ゆえ、無理なんて全然できなくて、だから私は日々元気だ。
先月末に、前半は家族で、後半はごはん同盟のしらい夫妻も加わった東海旅がすごく楽しくて、お誕生日にはここ1年でぐっと距離が縮まった友人たちがそれぞれ山梨のワインをお祝いにくれた。私に元気をくれているものたちに少しでも何かを還元できるように私も「善く生きたい」。あらためてそれが40代の目標です。